作務衣

里山の暮らしには 作務衣が似合うと思い 時々気にかけています。
定期的に送られてくる 作務衣カタログが届き、ぺらぺらとめくっています。

この作務衣も カタログからは 里山にどんな風に溶け込むかイメージをつかめません。
ちょうど 民家園にいっても 民家とその生活を結び付けられず 素晴らしさをなかなかつかめないのと似ている気がします。

こういう場合は ぐちゃぐちゃ考えずに行動あるのみと思い、ぶらぶらとネットサーフィンなどしてしまいます。

私は 古民家にしても古民具にしても はじめは特別な人が関心を持つもの 例えば 余裕のあるお大尽 または店舗。ふつーの人には縁のないものと、漠然と決め付けていました。
ところが ひょんなことから 古民家移築なんていうことになって、少しでも統一感のある建物にしようと乏しい予算から捻出するのは、昭和か大正時代かに作られた 今はもう誰も作ろうとしないような古物。

これら古いものも 我が家のような受け皿があってこそ生きる道があるのだろうなと 錆びた鉄や 古めかしい真鋳 そして 建具などを身の周りにおいています。
どれもこれも 似合う環境があってこそ存在感だと思っています。

同じく 作務衣の似合う環境は お寺さんであり 里山の作業風景であろうと思い、紬や絹なんて高価なものではなく、洗濯機でジャブジャブ洗えるようなタフでちょっと小粋な物を探しているところです。

広域農道

DSC00556-02.jpg

房総半島を車で走ると 東京湾側の工業地帯に沿う 館山道以外は 今のところ高速道路らしきものはなく、その上 道路が変則で 地図では90度で振り分けられた交差点なのに、実際はひし形みたいな交差点で、ここで直進とはどちらの道を選ぶのじゃ!!という事がよくあります。

茂原の町に入れば、それまで南北に走っていたJRが東西に走るので 私としては 余計な事を考えずに 丸暗記をしているので 全然応用がききません。
友達の家に行くのも 丸暗記。
睦沢と自宅の往復も丸暗記。
これです。

房総半島のいやらしい (失言 分かりにくい)道の中で 茂原から国吉に向かう広域農道。
これは 一本道で、ナカナカよろしい道です。
その 広域農道のトンネルの一つは 迂回路にする工事が半年以上かけて行われています。

国吉まで続くこの広域農道には 何箇所かのトンネルがあって 順次 迂回路に変更されています。
名前の由来のように もともとが 通勤や観光のための道路ではなかったのでしょうけれど、真っ直ぐ ストンと走るこの道は利用価値が高く、はじめて 走ったときはどうして ”広域農道”という名前なのだろう と疑問に思いました。今もその疑問は解けていませんが、そういう用途の道だったのだろうと 勝手に決めています。

広域農道のトンネルの迂回は 必要ないじゃないのという意見もあるようですが、高齢者がトンネル内を 時には自転車に乗って走っていたりするという 危険極まりない事を見ているので、私は賛成しています。

10万分の1の地図を見ると 広域農道は一般道路として白く表示されます。色つきの県道のほうがもっと走りにくいものがいっぱいあるのに、一般道路と記されると 県道のそれより お粗末という印象を受けますが、決してそうではありません。

寒立林平(かんたちりんぺい)

DSC05507-02.jpgケヤキの団十郎もそろそろ芽吹きの季節です。
が・・やはり 暖冬というのは体内時計のどこかが 春の喜びを半減させているように思えます。

”寒いね、寒いね ”そんな会話から開放される頃 力強さを増した青空に わずかに赤味を帯び始めた芽吹きの瞬間の喜びが どこか物足りない今年の春です。

寒立林平(かんたちりんぺい)
北限の甘夏と 聞きました。
7〜8年前から ぼつぼつ出荷していたようですが 今年やっと 熊本の甘夏より高値がついたと報じられました。
 林 敏雄さんが 育成し品種登録されています。

・・・・・・2005年2月7日付け農林水産省告示第256号
この品種は、「川野夏橙」の珠心胚実生から育成されたものであり、果実の形が扁球、重さが中、果皮色が橙の育成地(千葉県茂原市)では2月上旬に成熟するかんきつである。
・・・・・・

睦沢町にも 生産者がいるということなので きっと 睦沢の道の駅にも並ぶのじゃないかと、注目しておきます。

日本家屋の木部無塗装

vivakenです。
睦沢の家の外壁は無塗装の杉の腰板とその上は2階まで漆喰で構成されています。

風雨に晒されて寿命が短くなるという人もいますが、そんなことはないと思います。

日本の木造家屋の外壁の木部は無塗装のものが沢山あると思います。

熊さん,八つぁんが住む下町の長屋からお殿様の住むお城まで無塗装の木部外壁の例は沢山あると思います。

10年近く前、栃木県足利市の日本最古の学校”足利学校”が再建されましたが、これも無塗装であった記憶があります。

vivakenは元々何ととなく、日本の木造家屋には無塗装の方が周りの風景に合うなと感じていました。

最終的に確信を持ったのは、ラフカディオハーンが日本の美しさを賛辞した「日本の面影」を読んで、その中で「日本家屋が無塗装で美しい。欧米の家はペンキを塗って・・・」というようなことが書かれていました。

これを読んで木造家屋は無塗装だと確信しました。

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tiara
里山の暮らしはいかに・・。
vivakenのカーチャンとか オッカーとか 呼ばれる日が、来るのだろうか。

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